ソウル、熊本、千歳の求人票を並べると見えるもの
韓国製造業と日本製造業を比べるとき、賃金や為替、企業規模から話が始まりがちです。しかし半導体と自動化分野の最近の求人を並べると、もっと先に目に入るものがあります。プロセス、設備、生産技術、歩留まり、品質、自動化ソフトウェア――企業が求める「問題解決の組み合わせ」が似てきていることです。
これは韓国人エンジニアと日本人エンジニアがすでに同じポジションを奪い合っているという意味ではありません。言語、ビザ、賃金制度、各社固有の工程経験は今も大きな壁です。ただ、一国で積んだ製造経験を他国の求人用語へ翻訳できる領域が以前より広がっていることは確かです。
韓国:半導体雇用は増えるが、採用は「経験」で詰まる
韓国雇用労働部が2026年2月に発表した上期主要業種雇用見通しでは、半導体雇用は前年同期比2.8%、約4千人増えると予測されました。AIサーバーやデータセンター投資、先端工程を中心とする設備投資が背景です。7月にはSamsung ElectronicsとSK hynixの南西圏Fab投資計画に合わせ、政府・自治体・企業・訓練機関が現場実務人材の育成を別途協議しています。
同時期の全事業所を対象とした調査では、求人を充足できなかった理由のトップが「事業所が求める経験を持つ応募者がいない」で25.8%でした。この数字は半導体だけの統計ではありません。それでも採用難を単なる応募者数ではなく、「すぐ使える経験が足りない」という問題に分けて考える必要性を示します。
日本:工場を建てる速度と、人を育てる速度は同じではない
日本では熊本と北海道がこの問題をよく表しています。九州経済産業局は2022年から産業界、教育機関、行政などによる半導体人材育成コンソーシアムを運営し、2026年3月の第8回会合には132機関、245人が参加しました。2023年に示した年間1,000人規模の人材需給ギャップがどう変化したか、フォローアップ調査も実施しています。
北海道ではRapidusが千歳IIMで2025年4月に2nmパイロットラインを稼働し、2027年量産を目指しています。採用サイトを見ると、プロセス・デバイス開発だけでなく、生産技術、設備保全、品質・解析、自動化システム、ソフトウェア、AI・ディープラーニングまで募集領域が広がっています。
JASMとRapidusの求人は「半導体会社」より広い
JASMの2026年夏の求人にはProcess Engineer、Equipment Engineer、Process Integration、Manufacturing Excellence、Yield Enhancement、Quality & Reliabilityに加え、Intelligent ManufacturingやAMHS Software Engineerも並びます。2027年新卒採用でも、プロセス、設備、製造、施設などFabを実際に動かす複数職種をまとめて募集しています。
Rapidusもプロセスや設計だけではありません。生産技術、設備保全、自動化、ソフトウェア、AI、品質、環境・安全まで対象です。先端Fabが大きくなるほど必要な人材は「半導体設計者」という一種類ではなく、複雑な製造システムを止めずに動かす人たちへ広がります。
重なるのは国籍ではなく、skill stackだ
韓国の生産技術エンジニアと日本のManufacturing Engineerは、名刺の職種名が完全に同じとは限りません。しかし新規設備を立ち上げ、工程条件を安定させ、異常原因を探し、歩留まりと稼働率を上げ、現場と自動化システムをつなぐ経験は相互に翻訳できます。設備・工程・品質・制御・MES・AMHSなど複数レイヤーをつないだ経験は特にそうです。
キャリアの価値は「有名企業出身か」だけでは決まりません。どの工程を担当したか、どの設備を扱ったか、量産移行やトラブルシューティングをどこまで担ったか、改善前後の数字は何か。こうした情報が、国境を越えて説明できるキャリアになります。
それでも「韓日人材争奪戦」と呼ぶにはまだ早い
公開情報だけでは、韓国企業と日本企業が大規模に同じ候補者をめぐって給与競争をしているとは言えません。JASMのOpen Positionでは少なくともビジネスレベルの日本語を求め、職種によって英語のレジュメ提出を求める場合があります。言語と現地組織への適応は、今も実際の移動を制限するフィルターです。
また韓国の半導体雇用見通しと、日本企業の求人件数は測定単位が違います。一方は産業全体の予測、もう一方は個別企業の現在の採用です。この文章が言えるのはもっと限定的です。両国で投資と採用が進むなか、プロセス・設備・歩留まり・自動化という経験の組み合わせが同時に重要になっている、ということです。
韓国人エンジニアにとって、日本語の経済的意味も変わる
日本語ができるだけで製造エンジニアの市場価値が上がるわけではありません。反対に、工程や設備の経験がなければ言語だけで先端製造職に入るのも難しいでしょう。ただ、すでに移動可能な技術経験を持つ人にとって、日本語は単なる語学ではなくアクセスできる採用市場を一つ増やすオプションになり得ます。
JASMのようにビジネスレベルの日本語を明示する会社では、技術経験と言語が掛け算のように働きます。韓国で積んだ生産技術・設備・品質経験を日本の職務名と成果表現に書き換え、会議や安全・品質問題を現地語で説明できれば、同じ経歴でも選べる市場の幅が変わります。
企業側も「何年経験」より、どのシステムを動かした人かを見る
企業が人材不足を解く方法は、国内の同業他社だけから同じ人を探し続けることとは限りません。工程が違っても、設備立上げ、歩留まり改善、自動化連携、品質安定化など問題の構造が似ていれば、隣接産業から移転可能な経験を探せます。求人要件を業界名や会社名で狭めすぎると、市場が大きくなるほど候補者プールは逆に小さくなります。
韓日製造業の求人言語が似てくる時期には、「自社とまったく同じ人」より「自社の問題を別の環境ですでに解いた人」を探す方が現実的かもしれません。国境を越える人材移動が本格化するかどうかとは別に、採用基準をskill stack中心へ書き換えることは今すぐできます。
国境を越えやすいキャリアは、説明できるキャリアだ
海外転職を考えるエンジニアなら、まず職務経歴書の書き方を変える価値があります。「生産技術8年」より、新規ライン立上げ規模、担当設備、工程安定化までの期間、歩留まり・OEE改善、不良原因分析、サプライヤー調整、PLC・MES・AMHSなどの経験を具体的に書く方が、別の国の採用担当者にも伝わります。
韓日製造人材市場で最初に国境を越えるのは、人そのものではなくキャリアの言語かもしれません。違う会社、違う国で同じ問題を別の名前で呼んでいたなら、その名前を翻訳してつないだ瞬間、より大きな一つの人材市場が見えてきます。
BANSEOG VIEW
東アジア製造人材市場の境界は、国より先にskill stackで薄くなっている
韓国の半導体雇用拡大と日本の新設Fab採用を同じ統計のように混ぜることはできません。ただ、異なる資料を実際の職種まで下げて比べると、プロセス、設備、生産技術、自動化、品質、歩留まりという共通項が見えてきます。
これは大規模な韓日人材移動を意味するものではありません。しかし製造キャリアを一社の中だけで通じる履歴にするのか、他産業・他国でも読めるskill stackにするのか。その差は今から作ることができます。
SOURCES
参照した一次資料
- 韓国雇用労働部 — 2026年上期主要業種雇用見通し
半導体雇用+2.8%、約4千人増の見通しと設備投資の背景を確認。
- 韓国雇用労働部 — 2026年上期職種別事業所労働力調査
全事業所の未充足理由で必要経験不足25.8%を確認。半導体限定ではありません。
- 韓国雇用労働部 — 南西圏半導体人材育成懇談会
2026年7月のFab投資と現場実務人材育成の議論を確認。
- 九州経済産業局 — 半導体人材育成コンソーシアム第8回会合
132機関の参加と人材需給ギャップのフォローアップ調査を確認。
- TSMC/JASM Careers — Kumamoto open roles
Process、Equipment、Manufacturing、Yield、Quality、Intelligent Manufacturingなどの募集職種を確認。
- JASM Open Position
応募に少なくともビジネスレベルの日本語が必要であることを確認。
- Rapidus 採用サイト — 新卒採用・職種
プロセス、生産技術、設備保全、品質、自動化SW、AIなどの募集領域を確認。
- Rapidus — Company Profile
千歳IIMのパイロットラインと2027年量産計画、人材育成を含む事業方針を確認。
韓国の産業雇用見通し、全事業所の未充足調査、日本の地域人材政策、個別企業の求人は異なる統計です。本稿では一つの数値に合算せず、実際の職務で重なるskill stackを比較するために用いています。